2015-09-23

UMFという山を乗り越えて

どんな大きな目標や目的も叶ってしまうと、まるで幻だったように一瞬で終わってしまって、達成感よりも例えようも無い儚く虚しい想いが胸いっぱいに広がったりする。でも、その先にはもっと大きな壁やクリアーしないといけない案件が必ず待っていて、その次の山をどうやって登り切るのか。そして、頂上をいかにして目指すのか? そんな事を考えながら、一歩一歩立ち止まらずにその山を踏破するのが自分の生き方だから、DJなんて不確かな仕事を継続出来ているのかも知れない。今回登りきった山、”Ultra Music Festival Japan 2015”(以下UMF)が無事に終焉し、今はそんな想いが巡っている。

UMFは今まで日本に存在しなかった規模と内容のダンスミュージック・フェスティバルで、普段クラブに興味が無い人や、お祭り感覚で遊びに来ている人も多数存在していて、あまりにも多くの人達を飲み込んだ為か、商業的だとか、音楽性への不信感とか、色んな否定的な意見が飛び交っているのも事実だけど、自分の視点から言わせてもらうと、文句を言っている人々には、あれだけのムーブメントをあなたが作れるのか?と問いたい。3日間の為に大舞台を作り込み、数え切れ無い何万人もの人々を集め、海外からトップDJ、ダンサー、スタッフを日本に招聘し、あの非日常的かつ非現実的な空間を形にしている。そこには緻密な計算とオーガナイズ力、また日本側の主催者や、そこに関わる人々の知恵と巨大なフェスを安全で円滑に運営する経験値が無ければ、絶対的に現実化出来ない事柄であって、あの大盛況ぶりの中、楽しそうに集う人々を見ると自分には何も否定出来ない。そして、UMFを成功させようと言う熱い思いを持った人々の努力無くして成功は無く、ポジティブな思考が統括され同じ方向に向いて創造された3日間が残したインパクトの大きさは計りし得なく、日本のダンスミュージック・シーンの裾野を広げてくれた事は間違いない。

UMFとはご縁があって、3年前のUMF韓国に出演させてもらい、初めてその規模と演出力、ブランディングを目の当たりにしたけど、その時の韓国での衝撃は正直色んな意味でカルチャーショックな経験で、EDMの象徴とも呼ばれるフェスに対してドラムンベースDJとして、どうやって向き合うべきなのか、自分の立ち位置がそこにあるのか? もの凄く考えさせられたけど、今年のUMFでは信じられ無い事に、初日のセカンドステージがドラムンベース・エリアと化して開催された。自分にとっては本当に追い風が吹いたような大事件だったし、名だたるトップDJ達との共演に気持ちが高ぶらない訳が無い。そして、DJとしてこの貴重なチャンスをしっかりこの手に掴み取るのは、当然であって何があっても形にするぞ!という意気込みが強かった。でも、いつだってどんなパーティーやフェスでも蓋を開けてみないと実際どうなるのか分から無くて、想定外の事が起こるのが常だけど、とにかくもっともっと高く上に登る為、もっともっと大きくなる為と、心の奥底から自分を奮い立たせ、今回の舞台に魂を込めて挑んだ。


自分の出演時間は13:30からと、早い時間帯だったから、どれだけの人が集まってくれて、踊ってくれるのか全く想像出来なかった。いつも真っ暗なクラブを主に活動している自分としては、まずは生活の時間帯を徐々にひっくり返えす為に、フェス1週間前から昼シフトに切り替えていって、連日連夜音楽と真剣に向き合い走り込んで、可能な限りベストコンディションで挑みたかった。もちろん究極の晴れ男だから天気の心配はしていなかったけど、当日は9月とは思えないほどの秋晴れで、テントで覆われたステージの気温の暑さが尋常では無くて、久し振りにDJ中に鼻先から汗が絶え間無く流れ落ちるほどのサウナ状態。とても過酷な状況で簡単では無かったけど、DJを開始してから、徐々にフロアーに人が集まり始めて、1曲1曲落とし込む度に手応えを感じた。でも、その反面、心はどんどん冷静になっていく自分が居て、過去に乗り越えてきた大きな山の記憶が走馬灯のように頭の中を巡っていた。ブラジルのSKOLBEATS、イギリスのMATTERやFABRIC、THE END、オーストリアのBEATPATROL、FUJI ROCK等、海外のフェスや大型クラブで学んだ感覚が指先まで蘇るように全身が包まれていた。


今回のUMFでは、どんなDJをして、どんな音を響き渡らせるのか?熟考を重ねたけど、より自分らしさを打ち出す為に、UMFの音楽性や客層に寄せるのでは無くて、俺に寄らせるという想いを込めて、90分間で出来るだけ多くのDJ AKi 好みな楽曲を次から次にMIXして展開させようと心に決めていた。そして、ドラムンベースに特化したステージだったし、EDMや4ビートは、メインステージで嫌って程プレイされている訳だから、その辺に触れることなく、媚びず、自分の音楽であるドラムンベースのみでセットを構築したかった。そんな頑な想いが届いたのか、DJ終了時にはフロアーはパックの状態で、そこに渦巻く熱気は想像を遥かに超えていた。フロアーの外の遠くまで見える人達までもが踊っている風景は壮観で、長年の相棒 YUUKi MCと作り上げたライブ感やフローは、自分が考えていた以上に爪痕を残せたと思うし、あのとてつも無い数のお客さんの中から06Sや、JUPITERに来てくれる人が産まれ、シーンがより成熟してくれたら心から嬉しく幸せだ。でも、自分のプレイの自己評価は75点で、合格ギリギリのラインだったと感じていて、まだまだ究極に突き詰められたし、今でも1つ1つのMIXを手に取るように覚えていて、若干のミスや選曲の並び替えは、もっと大なり小なり沢山の現場で経験を積んで改善し、今後のDJプレイに生かして行きたい欲求が強く産まれた。


実はこの9月でDJキャリアが20年目に突入した。ターンテーブルのピッチすら合わせる事もままならなかったあの日々から20年。まだまだ全く悟りが開か無いけど、自分にとって20年という長い年月は大きな節目。今回UMFという大舞台を乗り越えた事で経験値が上がったのは確かで、悩みながらもひたすら前向きに続けてきたDJをまだ続けないとダメだよと、天の声が聞こえているようで、自分にとって大きなターニングポイントになった。この気持ちになれるのも、全ていつも支えてくれる仲間、06Sファミリー、今回の何者にも代え難い経験を与えてくれたUMF関係者の方々のおかげで、心から感謝している。そして、より強く1歩づつ前に進んで行こうと考える。残りの人生をかけて自分が進むべき道をしっかり捉え、この想いを成就させたいので、これからのDJ AKiを暖かくしっかりと見守って下さいね。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

akiさん大好きです!!!!!!!!!!!

Kei Nihongi さんのコメント...

20年目を迎える DJ AKi の更なる進化に期待っ!

佐藤翔 さんのコメント...

ultra japan 2015で拝見させていただきました!素敵なフローで思う侭に躍らせてもらえて、楽しい時間ありがとうございました。