2019-11-22

Sennheiser のワイヤレスヘッドホン MOMENTUM Wireless。最高すぎ!!

現場での高いパフォーマンスが求められる職業である DJにとって、個人的に持ち込む重要な仕事道具の1つがヘッドホン。DJを始めた当初いくつものブランドや機種を試して自分に最も相性が良いヘッドホンが何か?を検証した結果導き出された答えが、20年以上長年に渡って愛用している唯一無二なドイツの音響ブランド ”SENNHEISER(ゼンハイザー)”。軽量でコンパクトかつ、細部まで耳に伝わる音質のクオリティーが高く、ジャンルレスに世界中のトップ DJ達から熱い支持を受けている名機種”HD25”から始まり、現在愛用している DJの為に開発されたハイエンドモデル”HD8 DJ”まで、ゼンハイザー無くしては自分のキャリアをここまで長く続けられなかったと言っても過言では無く、”SENNHEISER”に育ててもらった要素が多分にあるのは紛れも無い事実。そんな愛して止まない”SENNHEISER”の日本代理店であるゼンハイザージャパンからいつもサポートを頂き、支えてもらっている自分は、DJ冥利に尽きるの一言で、本当に幸せで常に感謝をしている。



今回その”SENNHEISER”が渾身の開発により、今年の9月末にリリース以降、品切れ続出で大きな話題となっている新商品が、ワイヤレスヘッドホン MOMENTUM Wireless。DJ用と言うよりも、音楽を嗜む環境に拘りがある層に向けた商品だが、数日前に手元に届き、触って視聴してみると、ゼンハイザーならではの驚愕の高性能な使い心地と納得の音質。シンプルで高級感漂うプロダクトデザインの美しさに魅了されて、久しぶりに音響機材に激しく萌えてしまったので、DJ AKiも強力にプッシュする。





この商品のキャッチコピーである、一度聴いたら、もう戻れない。2012年の発売以来、進化を遂げてきた MOMENTUMシリーズが第3世代へと突入したが、ゼンハイザーが自信を持って前面に打ち出している気持ちが伝わるこの言葉が、完璧にこのヘッドホンには反映されている。音楽プロデューサーが創造した原音を忠実に再現し、通勤・通学時など様々な日常生活の中で、感情を揺さぶるような低音から、ソリッドなビート、美しい思い出に浸るようなメロディーまで、心に訴えかける音楽空間をじっくりと味わうことができ、世界中の音響に関わるプロフェッショナルに支持される音質をワイヤレスで実現した。また、専用アプリ「Smart Control App」に搭載されたイコライザーで、音楽によって簡単に音質を自分好みにカスタマイズ可能なのは個人的にツボなポイントで相当魅力的。 機能的な面で特筆すべき点は、USBケーブルで充電が出来てフル満タンの状態で最長17時間起動可能な上、ヘッドホンを折り畳むと自動でスウィッチがon/offされる。そして、ヘッドホンを外すだけでスマートポーズ。再び耳に装着すると音楽がそこからリスタートする機能は一体どうなっているのか?と初めて手にした際は自分の目を疑うほどのテクノロジーによるプロダクトの進化。



まだ自分は手にしてから数日しか経ってないので、飛行機や 電車の中で視聴していないし、様々な場面でこの高性能な機能を試したい欲求が高まっている逸品。既に購入していた友人曰く、飛行機の騒音の中で聴くこのヘッドホンのノイズキャンセリング機能は他社では及ばない高性能で、もう既に手放せないと、音好きとして信頼している彼のコメントは間違いないだろう。いつも車通勤の自分も今日はあえて電車に乗って試そうと思っている。決して安いとは言えない価格だけど、お値段以上の価値を見出せるであろう、ワイヤレスヘッドホン MOMENTUM Wireless。ゼンハイザーサウンドが感染して、ゼンハイザーラバーが増殖するのが楽しみなヘッドホン。是非お試しあれ!!





2019-05-29

毎月18年。



パーティーとは一体何でしょうか? 自分の個人的見解を率直に述べると、 DJとお客さん、クラブ&オーガナイザーが三位一体になってみんなが心底楽しいと思える空間と時間を創造し、音に限らず映像や光も融合させ共有してもらう。そして、多くのクリエイターのアイデアやイマジネーションが詰まった1つの形がパーティーだと思っている。そのパーティーに集う人達は、医者や弁護士、エリート官僚、普通のサラリーマン、土建屋のオニーチャンであろうと職種なんて全く関係無いし、学生も同じく、性別、年齢等に囚われることなく、全ての人が平等でありながら、社交や音楽を楽しめる場所であるべきだと今でも信じている。少なくとも自分が成長する過程で、クラブって本当に最高に楽しくて大好き!!と信じて疑わなかった90年代のニューヨークはそんな要素が凝縮されていたし、魅力的でキラキラしていた自分の青春時代の体験を日本で具現化したい欲求がかなり強かったのは間違いない。

世の中はいつの時代でも移り変わる。今の東京のクラブシーンでは息子や娘でもおかしく無い世代の人々がプレイヤーになり、そんな彼らをサポートする人々が時代の代表になった。クラブに対する価値観も大きく変化し、東京及び渋谷の遊び場のあり方や概念、実際に遊びに来てくれる人達も激しく入れ替わったけれども、根本的なパーティーに対する考え方は1mmも変わっていないし、ブレていない。何故なら自分達が少しづつ進化しながら変化してきた Wombでのドラムンベースパーティー”06S”は、そんな信念を持って毎月200回以上 18年に渡って休むことなく、継続してきたからだ。ここまでくると胸を張って誇りに思える歴史が証明する事実がそこには存在する。海外から招聘したアーティストは延べ100組を越えて、毎月他に例の無い 06Sならではの雰囲気のパーティーを連打し続けて東京及びアジアのアイコンとして、世界中のアーティストやシーンから認められる歴史と結果を積み上げたからだ。

18年と一言で言うのは容易で簡単だけど、1つの音楽に拘った音楽イベントを毎月継続するには相当長い時間と労力を1つの同じ場所で費やしてきた。産まれたての子供なら大学受験をする年齢になっているし、60歳で定年退職した人なら死んでしまってもおかしく無い程の長時間。。。パーティーを開始した2001年。当時はスマホも無かったし、SNSも当然無かった。数千枚のフライヤーを印刷し外販や手渡し。携帯電話のメモリーに記録されている人々にパーティーに遊びに来てよ~と電話をかけまくっていたアナログな日々が今では懐かしくも美しい思い出だ。そんな時代から元号が変わったこの瞬間まで18年も継続出来たのは、全て 06Sの長い歴史に関わってくれた人々のおかげです。レジデント DJとして、この日を迎えられる事実は心から感謝しかありません。東京クラブシーンでも数少ない18年間続いたパーティー”06S”でパーティーとは何なのか? みんなに体験して欲しいです。6月1日土曜日は盛大に WOMBでお祝いしましょう。

2019-05-09

DJ AKi Stream on Twitch with Morley Robertson

djaki_06sのDJ AKi STREAMをwww.twitch.tvから視聴する

先週モーリーロバートソン氏を迎えて配信したDJ AKi Stream on Twitchのアーカイブはこちらです。
block.fmで毎月DJ AKiが配信しているマンスリー番組 Basstech+の前番組がモーリー氏の番組なのもあって、毎月顔を合わせるご縁があり、番組転換の数分で話すだけで、彼のトークスキルと知識の豊富さに興味を持っていた。いつかじっくりとモーリー氏の素性や音楽バックグラウンドについてお聞きしたいと切に願ってましたが、先日の 06Sに初出演してくれたのもあって、今回対談して頂く機会が産まれた。
モーリー氏の歴史、音楽感、アメリカ近代史、戦後史までしっかりと、今まで語られて無かった話を沢山聞けて本当に最高だったし、アメリカの現状を伝え、では今後の日本はどうあるべきか?と、いつも考えさせられるテーマを与えてくれるのがモーリーさんの真骨頂。今回は基本的に番組の内容にコンプラは無く、自由に彼の心の奥底から湧き出てくる言葉の連打で、非常に濃い内容の配信。今後のストリーミングの可能性や未来を強く感じた。9年近くこの番組を配信しているけど、過去一の神回だったのは間違い無い。地上波やラジオなんかよりも全然面白いので、見て聞いてもらえたら嬉しいです。アーカイブ7、8分辺りから音が聞こえるので是非!!

2018-12-03

12.08 運命をかけた大勝負!!

理想と現実の狭間で、もがき苦しみながら生きるのが人間の嵯峨で、自分がやりたい希望とやらないといけない強要のギャップに挟み込まれて身動きが取れない人がこの世界のほぼ多数を占めている。でもそのギャップを埋めて自分らしさを取り戻す行為はある種の生きる糧であって、本来人間が持つ本能的な美学なのかも知れ無い。

2000年から日本での DJ活動を開始してから、長い間東京を軸に仕事をしてきた過去もあって、日本のダンスミュージックシーンをジャンルレスに様々な角度から見つめて来た。平成という元号すら来年には変わる変革期を迎えるけど、時が経つにつれて、この世界が持つ価値観や状況、時代は、緩やかなようで急速に変化している。

ダンスミュージックはファッションのようでその時代によって、流行と言われるトレンドがあり、様々な大きな波がのべつもなく押し寄せてくる。しかし、大きな波ほど信じられないくらい一気に引いてしまうもので、真実と呼びに相応しい確かな歴史を体感し冷静に見つめて来た。沢山の人々を飲み込んで持て囃されていたパーティーが数年で終了したり、オーガナイザーや DJを引退した人が山のように存在する。もう2度と会わなくなってしまった人々がほとんどだけど、別のフィールドで活躍し成功している人もいる。結局音楽という不確かな世界で生きていくのは簡単では無くて、結果はそれぞれの意思や行動次第なんだと常日頃から感じるけど、WOMBで毎月開催している、生きる術であり自分自身と言っても過言では無い 06Sという1つのドラムンベースパーティーが18年近く継続しているのは、ある種の奇跡だ。

ご存知の通り自分はドラムンベースという決してメインストリームでは無い、ニッチでマニアックな音楽と22年前に出会ってから、その魅力に取り憑かれ、今でもどっぷりと溺れるように浸かっている。次々と押し寄せてくる大きな波とは全く別の波に乗っている感覚は、きっとどれだけ口で説明しても伝わりにくい、身に染み付いている色で、その色で形成されている自分はみんなが感じてくれているキャラクターであったりする。性分的には愛してしまった以上は中々諦めきれないのがチャームポイントでもあり、人によってはダメだと思われるマイナスポイントなのかも知れ無いけど、信念だけは曲げずブレずに歩んで来たのは確かだ。そんな事を日々考えながら自分を見つめ直す時間と向き合いながら自問自答する機会が多かった2018年だけど、今年最後の 06Sが12月8日土曜日に開催される。

絶対に負けられない戦いがある、とサッカーをTV観戦すると実況が雄叫びを上げるけど、今は正にそんな心境で、久しぶりにブログを書いている。17年半に渡って渋谷のクラブ Wombで開催しているパーティー 06Sは、今まで毎月海外からゲストアーティストを招聘している。きっとそんな豪華な DJを毎月18年近く長い期間に渡って開催しているパーティーは日本では  06Sだけかも知れ無い。自分はとても特異なパーティーのレジデント DJ、オーガナイザーになり、とても恵まれていると実感するけど、今年の下半期半年間は当たり前のように招聘していた海外の DJを呼ばない形で開催して来た。

そこにはいくつか理由があって、国内 DJの活躍の場を広げる目的。特に若手の DJに日本でも指折りの WOMBという唯一無二なクオリテイーを誇る大型のクラブのメインブースに立って経験を積ませて上げたいという想いがある。自分は90年代の7年間をニューヨークで生活して、様々な人とのご縁で26歳というかなり年齢を重ねてから DJになった。勢いだけの駆け出しだった自分に、周りを取り巻く先輩方や師匠と呼ぶべき人、オーガナイザー達には、信じられないほどのチャンスと、本物の DJブースに立つ機会を与えてもらってきた。真面目な話、俺はこのまま DJとして生きていけるんじゃ無いか!?という勘違いが始まってから、22年も DJを続けてしまっている。基本的に DJとして生きていられる事に全く不満は無く幸せだと思うけど、自分を支えてくれる人々の存在が大きかったのは間違いがなくて、今まで歩んできた道のりを振り返ると、自分も次世代の人々にチャンスを与えるのが1つの使命だと信じている。また、この半年間国内 DJのみでどこまでの成果が産まれるのかを知る良い機会でもあった。そんな状況下で試験的に開催してきた 06Sだけど、結果的には素直に最高だったとは言い難く、遊びにきてくれる人達から何で外タレを呼ばないんですか?と聞かれることも多々あったし、変化に対して疑問を問いかけられたのは否めないけど、試してみたことで理解出来た結果は、とても大事で素直に受け止めつつ、2019年の方向性と可能性をより深く明確に考えなければいけないタイミングが来た。

東京のクラブシーンを取り巻く状況はこの1年で大きく変化した。特にダンスミュージックを窮屈に締め上げていた日本の悪しき風営法が改定され、グレーだった部分が解消された結果、堂々とビジネスとしてクラブ経営が可能になり、既存の遊び場以外の新規の遊び場が急激に増加した。もちろん新店舗のクラブもそうだし、実際自分もホテル、ルーフトップ、島、プールと、クラブ以外や朝までが当たり前だった時間帯以外で DJをする機会がとても増えた1年だった。自分にとってこの状況は新しくワクワクする反面、今まで長年に渡って守り続けて来たパーティーに少なからず影響を与えていて、クラブで遊ぶ30代、40代が卒業し、これからの未来を担う若い世代の絶対数が減少する状況で、新しい遊び場が増えれば芳しく無い結果が産まれるのは当然の事実。この現実は覆せないけど往年のファン達が戻って来てくれるきっかけ、また若い世代に対して、元々 06Sが貫いて来た理念や理想を再び高く掲げ直して、結果を見る大事な機会を今回 WOMBが与えてくれた。

開始当初 06Sは海外で育ち海外の現実を熟知する帰国子女を中心にパーティーが構築された。そこにはグローバリズムという大きな根幹である考え方やコンセプトが存在しながら、ただ外タレを招聘するだけでなく、インターナショナルな第一線のフィールドで活躍する海外のアーティスト達を日本で紹介する教育的な側面がある。本物を知り学ぶという行為は音楽に限らず全てにおいて重要なファクターであり、シーン拡大の為には大切な要素で、長年その使命は遂行出来たと思う。また、06Sといえば毎回旬で豪華なアーティストを招聘し、そのゲスト DJとブースで繰り広げて来た一騎打ちは本当に人間的にも成長させてもらったし、200回を超える開催数を誇る 06Sが本拠地だったおかげで、自分はここまで DJキャリアを伸ばせた。海外からのアーティスト達との共演によって生まれた友情から、本当に様々な国や地域に飛び立つ機会をもらえたのも 06Sがあったからだ。そして、そんな経験と共に長年に渡って何よりも大事だと改めて思うのは 06Sに関わってくれたお客さん達で、老若男女問わず自分にとっての全てだと強く考えている。パーティーや音楽が持つ魅力が枯れて、誰も遊びに来なくなったら当然このパーティーは終了する。パーティーというものは本当に水物で一寸先は闇だ。でも、想像を超える人達が集ってくれたら来年は以前のような 06Sと近い形にだってなれる。要するに今の自分の答えは明確で、結果が求められている。12月8日は来年の方向性が決まる大きな意味を持つ大勝負。3年振りに降臨するトップDJ Frictionは、アルバム”Connections”のワールドツアーの一環として 06Sに登場してくれる。現在の世界のドラムンベースシーンにおいて最高のパフォーマンスを見せるアーティストの1人で、CDJ4台を駆使して繰り広げる怒涛の MIXテクニックは絶対的に格別なアクトを披露してくれると信じて疑わない。ドラムンベースが好きで、06S をまだまだサポートしてくれる想いがある人が1人でも多く遊びに来てくれて、一緒にパーティーを盛り上げ、みんなと共に来年の 06Sのあるべき姿を作り上げたいと切に願っている。12月8日に会う人達の顔を一生忘れないので、是非WOMBで会いましょう!! 

2018-04-29

17周年にして200回目の06S


誇張する言い方をするならば、渋谷を歩く人々に石を投げれば DJ に当たると揶揄されて久しい2018年。レコードを1枚1枚視聴して、ターンテーブルを触り続けてコントロール出来るようになるまで、日々修行をして3年と言われた時代から比べたら、テクノロジーの進化によって本当に誰でもいつでも DJを簡単に始められて、人前に立てる時代になった。USBスティックを CDJに刺せば 3台が同期して DJプレイ出来るようになるなんて、重たいレコードバックを持ち歩いていた20年以上昔の自分にこの話をしたら、ドラえもんのポケットから出てくる夢のような話。それくらい DJシーンとそのあり方はとてつも無い大きな世代間ギャップの上に成り立っていると最近実感する。

DJ で生きていく為には何が必要なんだろう? DJ という存在を誇示していくには、どうやって考えるべきなんだろう? 大きなクラブでプレイする DJ にとって大事な要素とは何だろう? 

昨今の DJ達は DJを始めるという行為の敷居が低くなった分、ある意味逆に高いレベルで DJに対する考えや想いがあると感じている。自分は 17年前に 06Sを開始した当初、DJとして生きていく為にどうしたら良いか?なんて正直あんまり考えていなかった。もちろん DJを職業にし、生業にしようとおこがましい事は考えて無かった。でも、今は DJが仕事となって生きているし、当時から日本にドラムンベースのシーンを根付かせるために多くの人に自分の存在を認めてもらいたかったのは事実。時が過ぎると17年前の大事な記憶も薄っすらとしか残らなくなって来るけど、明確なのは、人前でパフォーマンスをして、沢山の人を踊らせて楽しみたいという、シンプルな情熱が大きかったのは確かだ。

結局、自分の想像を凌駕し継続する案件は、純粋かつ強い気持ちが根幹にあって、そんな自分が持っているシンプルでも純粋にやってみたいと熱望する強い気持ちを、応援してくれる日本屈指のクラブ Wombと優秀な友人達に恵まれたのは大きい。自分は本当に幸運で、ファミリーと呼ぶべき彼等無しでは、何1つ成し得なかったし、06S を17年間も続けるのは不可能だった。

06S は17周年を迎え、200回目を迎える。200回毎月 WOMBのメインフロアーの DJブースに立った経験を持つのは最長レジデントパーティーの DJである自分なのは周知の事実。あのブースで培った経験と知恵は現在の自分の大きな人生の核であって、200回の中で迎えた修羅場や、数々の最高の時間を乗り越えてきた人のみが眺められる景色が存在している。あのブースに初めて立ってから17年。もちろんその分だけ年齢も重ねたけど、昔のように勢いだけで乗り切ってきた自分よりも、最近はより冷静に物事を見つめ、機材をコントロールし、フロアーを掌握出来るようになった。最高級な爆音の中に身を置く自分を俯瞰で眺めているような感覚が宿っている。06Sでの17年も含め DJキャリア21年。それだけ同じことを続けていると、頭で考えるよりも、体が勝手に動いて自分を表現するようになった。多分この現象は、1つのことを極めた、いわゆる職人と呼ばれる人たちみんなに起こる、口では説明しにくい、その人の心と体に染み付いてしまった意識を超える感覚だと思う。

意識を失うという言葉があるけど、それは完全に自分を制御しきれない状態を示していて、通常人間は意識という自己コントロールを促す部分で生きているけど、最近考えるのは、意識を超える感覚がそこには存在していると実感している。頭で考えるよりも先に感覚が自分を動かすようになるのが、長年を費やして培われる職人技だと考える。

そして、意識をも超える感覚を身につけた人達が本物の DJであり、アーティストだ。何事も長年諦めづに行動を伴う思考を継続していれば、集中力を超える意識外の部分が最も大事だと自覚するのではないか。それと同時に自分の可能性や、力量、能力、才能、に気づく時は必ずくると思っている。

正直、自分でも納得できる究極の領域に達するまで、まだどれくらいの時間が必要なのかも分からないけど、もうそんなに遠い未来では無く悟りの境地にたどり着くのかも知れない。とにかく答えを見つけるには、長年1つの事を貫き表現しながら積み上げて継続する方法しかなくて、その感覚を維持しながら、一流の職人達はきっとそんな心境にたどりつきながら匠の技を磨いているに違いない。

自分はまだまだ夢の途中なのか、不治の病にかかったままなのかも分からない。音楽が持つ魅力と同時に魔力もあって、その不可思議な力に取り憑かれてしまっている人は、沢山存在していて自分もその1人。可能な限り持っている力はまだ試して見たいし、まだまだ探求して奥深くまで知りたい意欲がある。



そんな想いで迎える17周年記念と200回記念の 06S。後1週間後、来週土曜日5月5日にその大きな節目がやってくる。改めてこの200回という数字を見ると、毎月200回は素直に凄いなと思うけど、色々と困難な時期もあったし、もう継続は無理かな?と考える局面は山ほどあったのに、あっという間に過ぎ去ってしまった感覚が大きい。正直200回は自分が1番信じられないし、かなり感慨深い。更に今回のアニバーサリーは、2公演2都市という新しい試みで、06S前日、5月4日金曜日は、名古屋X HALLと06Sのコラボレーションパーティー。しかも、DJ AKi Streamを名古屋の X hallからストリーミングするので、これも新しい試み。X HALLのボス山崎さんは、およそ4年位のお付き合いで、名字が同じなのもあり、初めて会った時から親近感があって、彼は本当に名古屋にしっかりとしたシーンを根付かせようと、若手の育成に力を注いでいる人格者。彼の元で DJ活動を出来ている若者達は最高の指導者に恵まれていて幸せだ。名古屋は街のポテンシャルも高いのでこれからのシーン成熟を心から期待する。来週末は何かと忙しい週末になるけど、熱意を持ってよりドラムンベースという音楽をこの日本で根付かせたい人達の想いが、5月4日、5月5日に詰め込まれているので、名古屋の人も、もちろん東京のクラウドも気合十分で楽しみにしていて欲しいと思う。昨年のウルトラ以来の共演のYUUKi MCも帰国するし、何と言ってもドラムンベース界の覇者 Pendulumが再降臨ですから!! 後1週間 DJ AKiも自分をしっかり見つめて気合を十二分に溜め込んで挑むアニバーサリーなので、全員参加でよろしくお願いします。





2018-02-01

今週末は、Alix Perez 初来日!!


今週土曜日23日は、東京ドラムンベース・フリークの毎月のお楽しみ 06S をWOMBで開催する。今回のゲストアーティストは、dBridge主宰のExit Recordsを始め、自身のレーベル”1985 Music”を拠点に活動する ベルギー出身の Alix Perezが日本初来日!! そのミニマルかつ革新的な音で注目を集め、昨年のD&B Arena アワードにて最も飛躍した新たなレーベル賞を受賞した彼のレーベルとサウンドは、Exitの天才プロデューサー達である Skepticalや、Sam Binga等とのコラボレーション楽曲でその才能を開花したけどExit Recordsから突如現れ大きな話題をさらったユニット、Richie Brainsのメンバーの1人だったりもするが、昨年訪れたチェコの世界最大級のドラムンベース・フェスティバル”Let It Roll”で初めて会う事が出来た。”Let It Roll”はステージが8つもあって、全敷地内の全てのステージを歩くだけでも30分はかかる規模で、全ての出演者を見て体感するのは不可能だけど、丁度 Alix Perezが出演したステージに出くわして、おっ!この DJは中々面白いし、ヨーロッパのオーディエンスから大きな支持を受けるフロアーの盛況っぷりは、是非日本に招聘してみようと思わせてくれたプレイで、彼のサウンドは日本で紹介しないといけないなと思わせてくれたアーティストだった。そんな中、出演者が集うバックステージで、一休みしていると、AKiだよね?と彼から声をかけて来てくれた。初めて会った彼は、ドラムンベースシーンではあまり見かけないお洒落でスタイリッシュな出で立ちで、音楽以外の彼のレーベルからリリースされている、マーチャンダイズが即完なのも納得。話してみると日本に来たいという意欲も強かったし、人柄も物腰が柔らかいナイスガイで、初対面ながら好印象だった。
06S は17年に渡って毎年招聘しているアーティストはもとより、新しいサウンドを産むアーティストも積極的にブッキングしたいと考えていて、1年で多くても12組しか招聘出来ない中、チェコ以降直ぐにコンタクトをして来日してもらおうと動いたけど、ふたを開けると中々の売れっ子で、スケジュールの調整まで半年かかって念願の初来日が実現する。本人からもこの日を本当に心待ちにしているし、早く日本に行きたい!とメッセージが先週届いた。初来日でありながら、東京、大阪、名古屋の3都市ツアーが決定していて、彼に対する若い世代の日本のフリーク達の熱い注目を感じている。

昨年のチェコは、クラウドファンデゥングの支援によって訪れる事が出来て、自分が世界最大級のドラムンベースフェスで DJをする事が出来たのも自分にとっては掛け替えのないキャリアになって財産だったけど、今の世界のシーンで活躍し注目を集めるアーティストのプレイを体感し、そんな彼らと出会えてコミュニケーションが取れたのが物凄く大きくて、今年の上半期にブッキングすべきアーティストは、自分の中でほぼ決定している。極東の日本にいて無数のプロモが届く恵まれた環境は本当に感謝しているけど、やっぱり実際現地に訪れて自分の耳と目でしっかりと確かめて体感しないと全ての本質は分から無い。最近は、日本でも若い世代のDJやプロデューサーが成長し始めていて彼等の存在は大きく、今後のシーンを担って欲しいし、そんな彼等に DJ AKiが海外で見つけた新たな才能や音楽を今回の Alix Perezから感じてくれたら、自分としては嬉しいなと思う。雪が降ったりインフルエンザが流行っているけど、元気な人は冬の寒さに負けずに、Wombに遊びに来て欲しいと思います。

2018-01-30

Noisia & Theupbeats と貴重な1日


先日、Noisiaのフルメンバー3人と、The Upbeats2人と東京で出会う機会があった。The UpbeatsJeremyは、昨年 06Sに招聘したアーテイストで、以前はアンダーグラウンドを極めていた東京のドラムンベース・パーティー”Hang Over”に8回ほど来日した過去を持つニュージーランド出身の親日家で、今回はキックスタートという、クラウドファンディングで、””No Sleep till Japan”プロジェクトを立ち上げ、そこに集まったサポーターの支援によって来日した。彼とは昨年の チェコでのフェスティバル”Let It Roll”で再会して、年明けに日本に行くから東京で会おうとその時に聞いていたけど、まさかNoisiaのフルメンバー3人と来日するとは思っていなかった。オランダを拠点に活動する Noisiaのメンバーで約10年前に06Sに出演してくれた、タイスはロンドンのFabricでRam Nightに出演した際にも会ったけど、他の2人のメンバーには全く会ったことがなく、ヨーロッパであまりにもビッグアーティストになってしまったNoisiaに3人揃って会える機会は訪れないだろうなと思っていたけど、3人揃っていつかは会ってみたいと思っていた最後の大物達。以前からNoisiaの音楽は常に革新的でオリジナリティーが高く、好きだったけど、昨年リリースされたフルアルバム"Outeredge"は、驚愕の大傑作で正直かなり意識を持って行かれた音揃いだった。そんな信じられない音を産み出すと言われている Noisiaのニックは、絶対的に Noisiaのサウンドの核で、Audioが来日した際に 彼は別格のプロデューサーだと言っていたし、Ed Rush & Opticalも当時、彼等のスタジオに訪れた事があったと話していた。1流のアーティストが一目を置く、他には無い独特な世界観のソニックリーかつ重厚で最上級の音を産み出す男がどんな人なんだろうと多分に興味を持っていた。
そんなNoisiaが運営するレーベル”Vision”から10年に1度のアンセムと称される”Dead Limit”を共作でリリースしたThe Upbeatsは、以降ヨーロッパで絶大な支持を受け、Let It Rolllでもメインステージのアクトとして出演していたけど、そのJeremy から来日直前に連絡が来て、東京にステイする機会も3日と短いけど、時間があったら会おうと連絡がきて、自分の予定を動かしても必ず会わないといけない人たちだったし、コンタクトしてくれた彼のおかげで、Noisiaの3人と初対面することができた。そんな神レベルで崇拝するニックにスタジオを構築する様子もずっとfacebookで見ていたし、その経緯や、なぜあれだけのサウンドを生み出せるのか?等、直接本人と話せたのは自分にとっては神との対話のようなもので、本当に貴重な時間だった。予想外だったのはもう1人のNoisiaのメンバー、マーティンは、実は、オランダのEDMアーティスト、DON DIABLO の楽曲を手がけているらしく、実はここ数年のEDMシーンにも関わっていると聞き、彼等の音楽性の懐の深さにも驚かされた。3人それぞれの個性が全く違うけど、本当に優秀かつ研究熱心で、経験が全てでそれらを積み上げた結果があるからこそ今のポジションがあると語っていた言葉が心に深く響いた。東京滞在の最終日、彼等がステイしていた西麻布からほど近い、六本木のお蕎麦屋さん HONMURA AN で楽しいランチをして、明治神宮で参拝の礼儀をみんなに教えて上げて、素直にお参りをすると、気持ちがスッキリしたし、日本を好きになったと言ってくれたのは嬉しかった。

翌日から、日本の有名バンドもレコーディングで使用する、伊豆にあるビンテージの機材が充実したスタジオに2日間ステイして、産み出された彼等の楽曲は早く聞いてみたいし、彼等と会えたことはこの上ない幸せを感じた。今後の自分の活動に対するモティベーションが高まった東京での貴重な時間だった。近い将来彼等が06Sに出演してくれるのも実現できると思うので、その時は、本当にお楽しみです。

2017-09-22

Ultra Music Festival Japan 2017

9月18日、日本で最大にして最も勢いがあるフェスティバル”Ultra Music festival Japan 2017”の3日目最終日のライブステージに出演した。3日間で12万人が集結したこのフェスは、初日2日目と台風に見舞われて大雨の中の開催だった2日間が嘘のように、最終日は朝から秋とは思えぬピーカンなお天道様が登場。20年間屋外でDJをする時に、自分のDJの時間帯に1度も雨が降ったことが無い自分としては、当然晴れると信じていたし、むしろ暑すぎるその夏日なお天気は、DJブース内の体感温度が非常に高く、子供の頃に風呂でのぼせたり、中学生の頃に激しく走りこまされて失神寸前だった部活を思い起こさせるような状態だった。台風をも吹き飛ばす晴れ男伝説はまだまだ終わらないし、何度も言うけど、ここまでくると屋外フェスを計画している方々は、てるてる坊主代わりに、DJ AKiをブッキングした方が良いですよ!と言いたい。

有難いことに UMFとはご縁があって、初めて2013年の韓国のUMFに出演して以来、2年振り4度目となった今年のステージから、余韻と興奮が冷めやらぬまま3日が過ぎたけど、今回受けた経験は今後自分が進む道が何処に向かい何をすべきか、明確にその方向性が見えた掛け替えのない経験になった。

今年の夏は、自分にとって大きな流れがあって、先月チェコ共和国で開催された世界最大級のドラムンベースフェスティバル”Let It Roll”に出演するために、クラウドファンディングで”Let DJ AKi Roll”プロジェクトを立ち上げて、多くの方々から支援を受け、Shimonが主宰するレーベル”Audio Porn”のステージに立つ機会をもらった。ヨーロッパのシーンの現状を目の当たりにし、その規模感と音の振動を身体全身に受けるサウンドシステム、そしてオーディエンスの音に対する真剣さ、スマホなんていじらないでひたすら楽しみ尽くすそのアティテュードに圧倒されて、自分が今まで信じて愛して来たドラムンベースの価値観がひっくり変えるような、とてつもない経験をした。当たり前なんだけど、フェスでDJをするという事は、クラブでDJをする事と似て非なる行為であると多分に学び、自分としては、チェコでの時間から UMFまでの一連の流れはずっと続いていて、着地した最終地点が、お台場の会場だった。
DJキャリアが20年を超えて、自分の人生の半分近い時間を費やし、振り返ると良くもこんなに長く継続して来られたなと、自分でも思うけど、今回の UMFでは、より冷静に、そして激しく、今まで信じて来た音、そしてヨーロッパで体感し、新たに産まれ変わった自分を表現する事が最大のテーマで、その為に考えられる演出の為に最強の布陣でステージに挑んだ。

まずは、長年の相棒である YUUKi MC。彼は現在ノルウェーに移住して1年が立ち、共にステージに立つ事が当然のように困難になって、この1年はYUUKiが居ない状態でステージに立ち続けた結果、彼がフロアーをどれだけコントロールしてくれていたのか、身を持って知って、その存在の大きさに改めて気づいていたけど、今回はこのステージの為にノルウィーから、フェスの当日に帰国してくれた。久しぶりに長年の相棒が一緒にステージに立ってくれるその安心感は精神安定剤のようなもので、いつもの自分を保てる大きな助け舟になってくれた。そして、チェコにも同行してくれた VJのYAKO君。彼は長年自分のレジデントパーティーである 06Sに、15年以上通ってくれて、どんな映像演出が DJ AKi及びドラムンベースにとって大事で必要か知り尽くす VJで、今では 06Sでバイマンスリーで VJをしてくれて居て、この日の映像演出の為に新たな映像を製作してくれた。そして、日本を代表するライティングマスターの AIBAさん。もう説明無用なプロ中のプロである彼は、17年近く照明をコントロールしてくれる心から信頼出来る人で、隣のエリアだったレジスタンスの照明演出担当だったにも関わらず、DJ AKiの時間帯にライブステージに乗り込んでくれた。また、今回はいつもの 06Sの最強メンバーに加え、シークレットゲストとして新たに UMFのステージに参戦してくれたのが、只今、フリースタイルダンジョンで2代目モンスターとして熱い注目を集める MCの ACE君。実は彼とは2回 Tokyo Street Collectionというイベントで、WombとageHaで共演し、その鉄の心臓から繰り出すマイクパフォーマンスでコントロールするフロアーの掌握力、Hip Hopの MCでありながら、ドラムンベース MCとしても、面白い化学反応を起こすスキルと、ステージの立ち姿の貫禄を強く DJブースから感じていて、また共演してみたいと思っていたアーティストだった。今回はライブステージに出演だったのもあって、長年の相棒の YUUKiに加え、ACE君がステージに立ってくれたら、更にライブ感が増して新しい結果が産まれるとイメージして、自分から直接彼にオファーをすると、出演の承諾をしてくれた。

そして、ACE君が登場の際にプレイしたオリジナル楽曲を長期間に渡って製作してくれた GAKちゃん。チェコにも同行してくれてドラムンベースの真髄を体感した彼との音源を、より本物の UKサウンドに仕上げてくれた、レジェンドと呼ぶに相応しいプロデューサー SHIMON。これだけ役者が揃えば、後は自分の仕事をするだけ。45分間の短い出演時間だったけど、より濃縮されたバイブとフローを生み出すであろう、フェスでの DJはこうあるべきだ!と思うセットを何日もかけて塾考した。

DJ AKiは毎月23時から朝の5時まで6時間セットを Fai青山で開催しているパーティー”Jupiter”で、UMF2日前に、その考え抜いたセットをぶちかまして、強い手応えを感じ取った上で、更にセットを微調整してステージに挑んだ。正直、今回のライブステージは、バンドがメインだったから各出演者の転換時間が30分ほどあって、音が止まる状況からスタートする状況で、そこに関してはどうなるのか?当日を迎えるまで全く想像ができなかったし、UMFというフェスに初めて設置されたライブステージで、今の自分がどういった形で乗り越えられるか、自分がどれだけの運を持っているかの腕試しで、全く響かない可能性もあったし、最高の結果が生まれるかも知れないし、とにかく半信半疑の玉砕覚悟でステージに立ったのは素直な気持ちだったりもする。しかし、今回の UMFでは媚びる事なく自分が信じる音と共に、最強布陣で挑んだおかげで、いつものように全く緊張や気負いすることなく、DJを開始した。

スタート前は、ほとんどフロアーに人が居なかった開始直後から、時間が経過すると続々と人が集まって来て、ブースからは誰か分からない程遠くで、激しく踊る人たちが数え切れないほど居て、音と映像、照明、MCが三位一体になって、爆発力が産まれた。フロアーから跳ね返ってくるバイブを、ガッチリと掴んで、冷静にコントロール出来た事は、チェコでの時間を経験したのが大きく、今までの自分とは違うサイズ感や心境によって乗り越えられたのが、何よりも大きな収穫だった。そして、一切リハーサル無しでのぶっつけ本番だったにも関わらず、長年に渡って多くの時間を共に過ごしたチームの阿吽の呼吸は、DJ AKiの意図を言葉なくして感じ取ってくれるプロフェッショナルなメンバー達のおかげで、台本が無い大舞台で逆に緊張感が産まれて、よりライブ感が高まったのは間違いない。DJという職業は、フェスのような屋外の大きな場所で1人で出来る表現に限界があって、周りでサポートしてくれる人々がいてくれるからこそ、DJのみで出来ることの表現力との大きな違いが発生して、彼らが居てくれたからこそ今回のステージが完成した。自分は本当に優秀な人々に囲まれて、恵まれていると改めて心に沁みる時間になった。

もちろん、この日を目指して UMFに足を運んでくれた人々のサポート、 今回の出演機会や手厚いホスピタリティーを与えてくれた、AVEX及び、UMF関係者には多大な感謝と共に、この経験を糧に更に飛躍したいと考えている。長いようであっと言う間だった20年のDJキャリア。今はまだ夢の途中。今回の UMFを新たなスタート地点と捉え、DJ AKiはネクストレベルへ踏み出すので、これからもよろしくお願いします!! 

Massive Shout to : Fukagawa (Avex), Takeo,Itti (High Concept), Sabi,K2hg(9B), Momoi,Keisuke,Kana(Womb), Fai Aoyama , Seigo Kamiyama(3 faiths DJ School)


2017-07-09

残り後3日です!

 およそ2ヶ月前に開始した、”Let DJ AKi Roll” プロジェクトが後残り3日で終了する。2017年8月3日から3日間に渡って、チェコ共和国の首都プラハで開催される世界最大級のドラムンベース・フェスティバル”Let it Roll”。述べ200組を超えるアーティストが集結し、約10万人近いオーディエンスが、世界中から集うこの夢の祭典から主演オファーをもらって以来、いくつかの問題点を乗り切り、より良い形でチェコまで渡航し、このフェスティバルに出演する為のサポートを常日頃からお世話になっている方々から募ってみようとチャレンジした、全く今まで試みた事が無かった新しい形であるクラウドファンディング。海外ではアーティストや起業を志す人々を支援するプラットフォームとしてクラウドファンディングは浸透してきているけど、日本ではまだまだ一般的にそこまで知られていない。およそ2ヶ月前にこのシステムを利用して、今回のプロジェクトを成就させられるのか?正直初めての経験で全く想像が出来なかったけど、プロジェクト終了まで、後残り3日の時点で当初の目標300%目前の結果になっている。この現実は多くの人々からの愛がこんなにも注がれるんだと知り、感動的な気持ちにもなった上に、アーティスト活動を続けるにあたって、今後の若い世代の人々にも希望を与えられたのでは無いか?とも考えている。当然、自分のような立場の人間がこの試みをする事で、好意的に受け止めてくれる人たちが多く存在する事実と裏腹に、否定的な意見が上がるのも想像していた。でも、とにかく新しい事をして良くも悪くもバズが起こら無い事が、自分の DJ生命に直結していて、常に挑戦する気持ちの大切さを改めて知るプロジェクトになった。そして、当初の目標をはるかに超えた状況で、更なる新しい挑戦を試みる機会を与えてくれた。これだけの愛が注がれた結果、素直にみんなと今回の旅で自分が受けるであろう刺激的な感覚を、みんなと共有する事が出来無いか?と模索し妄想し、そんな想いに対しても更にアイデアやテクノロジーを与えてくれる人たちが自分の周りに沢山存在してくれて、より良い形のゴールを設定する事が出来たのも自分にとって大きな収穫になっている。正直この一連の流れや旅の模様を1つにまとめて、VR映像を使って伝え、その感覚がどこまでみんなと共有出来るのか、未知数であるけど、これも更に新しい挑戦。20年以上もDJを継続してきて、成熟してきている部分を垣間見ると同時に、これから先、もっと成長するであろう自分を、自分自身で知りたい。そして、そんな自分をみんなに見守って欲しいと思います。後残り3日。更なるご支援をお願いすると共に、必ず期待に応えられるような結果を産む事を約束します!! 


DJ AKiの想いを最善な形で成就させて上げようと賛同してくれる人々は、こちらからご支援よろしくお願いします。https://camp-fire.jp/backers/21054



2017-06-07

熱狂と愛に満ち溢れていた...


数え切れないほどの人達の愛に満ち溢れて、そんな愛に包まれながら、心から幸せだと思える充実した瞬間が幾重にも波の様に押し寄せる感覚を味わえる人生は、例えようも無く光輝いていて本当に尊く素晴らしい。先日の我が愛すべきホームグラウンド Wombでの 06S 16周年記念パーティーは、困難にくじけることなく、初志貫徹の決意と精神を持って頑なに貫き挑んできた想いが、新たに大きく花開いたと実感した煌びやかな空間と、高速グルーブで一気に駆け抜けた時間だった。全てが最高で最強過ぎて、3日過ぎた今でも余韻が体内の隅々に残っている。未だ魂が戻っていない状態の中、16年間の山の様な記憶を振り返りながら自分を見つめ直している。

自分の人生においてドラムンベースという音楽は、切っても切り離せない、体や精神の大部分を支配していて、自分からこの音楽を取り除いてしまったら何も残らないほど、どっぷりと深く広く浸かり、測りし得ないほどの長い時間をかけて、ドラムンベース及び DJという1つの生業に対して真剣に向き合ってきた。流行やファッションでは無いその魅力に没頭し夢中になりながら、自分の居場所や生き方を見出そうと常に前向きに、この音楽と歩んできた20年。その間の16年間を06Sへ費やしてきたと考えると心底感慨深い。明確なのは、自分たちが表現したい欧米にも負けないパーティースタイルや本物のクラブパーティーのあり方を探求してきたのは間違い無いし、1人でも多くの人にその魅力を伝えるんだ!と強く熱い気持ちと共に、ドラムンベースという音楽に拘りを持って、心からやりたい事を真剣にやる! という信念は、ブレて無かったと改めて心に突き刺さった。


Wombが爆発寸前だったあの熱狂的で突き抜けたパーティーバイブは、日本中のクラブパーティーの中でも正直そんなに存在しないと思う。そこには16年という長い年月が凝縮されていて、およそ200回弱に及ぶ 06Sを、毎月少しづつ試行錯誤しながら、東京のドラムンベースアイコンとして育ててきた愛が積み上がった結晶であって、全て06Sに関わってくれる1人1人が本気で1つになったからこそ産まれた賜物。まだまだ終わらない、むしろ新しく始まったと思える、東京ドラムンベースシーンの勢いと底力が壮観過ぎた。常日頃から暖かい気持ちと愛を持って応援してくれる熱いドラムンベースを愛する人たち。全くパーティーとして成立しなかった黎明期からサジを投げずに 06Sを16年という長い年月をかけて成長させてくれている Womb。今回既に決まっていたブッキングを動かしてスケジュールを調整し、このアニバーサリーの為に来日してくれた Pendulum の Elfornet と Mc Verseとの友情。真摯に取り組んで 06S のステージに立ってくれる DJ とVJ、Lighting。そして、家族同様にいつも背中を押してくれる、心から信頼出来る仲間達。いつもいう事だけど、DJ は1人では何も出来ない愚か者。でも、沢山の愛に支えられると、こんな愚か者でも人に喜びや楽しみ、音楽の素晴らしさを伝える伝道師になれると思えました。色々と書きたい事があり過ぎて、1冊の本になってしまいそうだから、今回は多くを語らずに、全ての想いを大切に心に保管しておきます。とにかく今は、弾けそうな感謝の気持ちと共に、自分の活動をより活発に行って、もっともっと多くの人たちに愛を返して行きたいです。心からありがとうございました!!!


2017-05-18

Let DJ AKi Roll プロジェクト!!

Let DJ AKi Roll プロジェクトがクラウドファウンディングのキャンプファイアで開始して1週間が経過した。まずは、この場をお借りしてこの1週間支援してくれた皆さんに心からの感謝とお礼を伝えたい。自分が望む活動に対して支援して上げようと思ってくれる人たちが、これだけ存在し、応援してくれる事実に、正直かなり久しぶりに心が震えました。本当にありがとうございます。この感覚は初めてで、より気持ちを引き締め更に高く DJとして 更に飛躍する所存です。

そんな嬉しい状況の中、その反面クラウドファウンディングって何?という人も多く、 IT系に詳しくない人にはあまり聞きなれない言葉。自分も実際そうだったし、初めてその言葉を耳にしたのは、2015年11月に出演した、中野区役所前で開催されたフェスティバル、Re Animation 8(以下リアニ)。どうやら支援者からのサポートを募るWeb Site。日本ではキャンプファイヤーというサイトが主流で、このシステムを利用し、支援者を募り、集まった金額で自らのビジネスやイベントの予算を支援金によって展開させる新たなIT系の試み。確かに、あっ!これ古い温泉旅館の若旦那が活用して再生したニュースを見たなと思っていたけど、リアニが集める金額は数百万円で、それだけの予算が集まるもんなんだなと感心して、実際オーガナイザーの杉本君に、その仕組みや考え方を指南してもらった。実際内容を知ると、まだ完璧な答えが明確では無い無限の使用方法があるシステムで、支援金を集めるためのルールも自由度が高すぎて、これはかなり難解かつ簡単では無いなと理解した。

何度も様々なSNSやラジオで伝えているけど、DJ AKi の DJキャリアは20年に突入した。20年と一言で言うとたわいも無い単語に過ぎないけど、振り返ると沢山の違った場所や国でDJをしてきたし、無限の記憶がそこには凝縮されていて、一瞬だったなんて言えない、長い時間を DJ をするという行為に費やしてきた。そんな大きな節目であるDJ 20周年の記念は、自分の人生にとっても自分の軌跡を振り返る良い機会で、もちろんその節目をみんなに知ってもらいたいし、では、そこに向けて何をしたいのか? 自分に問いかける日々が続いていた。幸いな事に、過去に目標としてきた世界各国のDJブースに立つ事が出来て、結果や爪痕を残せてきたかなと思うけど、今自分は何をしたいのか?考えた時に、チェコ共和国の首都プラハで開催されている、ヨーロッパ屈指の大型ドラムンベース・フェスティバル”Let It Roll”に出演してみたい欲求が、そこに存在していた。

各SNSを通して、また毎月自分のパーティーに招聘するDJやプロデューサーと話していると、ここ数年はLet It Rollの話題が上がる。そこには過去に存在しなかった、200組の出演DJ。3日間で10万に及ぶクラウド。かつてなかった ドラムンベースシーンの世界がそこには存在していて、それを自分の目で確かめて、リアルなヨーロッパで凄まじい成長を見せるシーンを更に体感して、この国日本に伝え無いといけないんだなと実感し、今後の日本でより拡大させるべくシーン作りのヒントが必ずあると考えていた。そんな矢先、全く別件でチャットをしていた、Andy Cの義兄であるShimonが、今年は彼のレーベル”Audio Porn”仕切りでステージを出すから、DJをしに来ないかと誘われた。彼とは何度と無く世界中の様々な街で会う機会があって、自分と世界のシーンを繋げてくれるキーマンで、ウィーンで開催されたフェスティバル”BeatPatrol”に誘ってもらった事もあるし、ロンドンに滞在した際は、3日間彼の家に泊めてくれて一緒にスタジオに入った時間もある。心から信頼出来る人で、そんなShimonから今回のオファーをもらったのは、かなり嬉しく受け止めたけど、条件として、日本からヨーロッパへの渡航費用は無く、まずはプラハまで来て欲しいと。海外で活躍する日本人のアーティストや DJ は、実際そんなに存在しないし、全てに当てはまる訳では無いけど、案外ビッグネームの DJ でも渡航費が捻出されないケースが実は多々ある。

DJやアーティスト活動を継続するには、もちろんそれに対する資金や支援者が必要で、そんなサポートを得られずに廃業してしまった優秀なDJやダンスミュージックに関わる人たちを、日本に帰国した2000年から山のように見てきた。自分は今まで環境に恵まれていたからこそ20年もDJを続けられているのは間違いが無い。様々な各方面からのサポートは自分の活動を、今までドラムンベースに触れる機会が無かった人に対して、電波させてくれた役割も大きかったし、知名度が大きくないドラムンベースという音楽の啓蒙活動に対して応援してくれた人々が居たから、今のDJ AKiが存在し、そんな人たちがシーン作りの、重要な役割を果たしてくれた。それでも今後につながる何か新しいアプローチが出来ないかと模索していた時に出会ったのが冒頭に書いたクラウドファウンディング。DJ AKi が DJキャリア20周年を迎え、MIX CDの作成や、全国ツアーを模索していた際に、クラウドファンディングという新たなシステムに着目した。少なからずDJという活動に携わって海外進出をしてみたいと夢見る若者たちが存在すると、DJスクールを開講し知る機会があった。自分のような20年も活動しているDJが、そんな若者たちに対して、自分の求める夢を叶えるには、今回のようなプロジェクトによって成就できる可能性がある事を示す機会にもなるのでは?と考えた。

自分自身でも信じられ無いけど、目標としていたゴールは、プロジェクト開始9時間でサクセスして、1週間でおよそ250%の結果が生まれた。今までもそうだったけど、様々な人たちの愛を受けて自分は成長してきたんだと改めて知る機会になったこのプロジェクト。クラウドファウンディングには、ストレッチゴールといつシステムがあって、ゴールしてもその先に新たな目標が作れるのも面白い利点で、今現在のその先のゴールを近々アナウンスします。今まで誰もやらなかったような挑戦をしたいと思います。是非楽しみにしていて欲しいです。そして、更なるみなさんからのご支援よろしく御願いします。

“Let DJ AKi Roll” Project のページはこちらです。

2017-03-15

DJ AKi 教授になれるかな?

DJ AKi は昨年 djキャリア20周年を迎えた。47歳という年齢になった現在でも DJを生業とし、Mixによって醸し出すグルーブでご飯を食べられている自分は、正直様々な運命の分かれ道で幸運に恵まれるケースが多々あった。極東の島国で生活しながら、目標としてきた海外のクラブやパーティーの DJブースに幾度も立つ機会が与えられ、Wombという日本で最も DJにとって最高な環境のクラブで16年も自分のパーティーを継続出来ている。自分が目指してきた道筋や、生きてきた時代にも恵まれたのは確かだ。でも、その反面、親が他界しようが、交通事故や病気で歩くのもままならない状態であろうが、俺が1番楽しいんだ!という姿勢を崩さない強い気持ちを持ち、どんな場面に対しても、いつも通りのDJ AKi で居ないといけないジレンマは正直今でもある。DJという仕事は、自分のプライベートに何が起こっていようが全く関係なく、絶対的に音楽の力で人を楽しませないとならない職業であり、道化師(ピエロ) みたいな存在だ。それでも、自分の意思で選んだ道である以上、ピエロであったとしても常に自分の愛する音に拘って、攻めの姿勢は崩さず、そんな想いと音楽をしっかりと伝えるべく、自分が成し得る理想のDJスタイルを探求してきた。そして、日本においてアンダーグラウンドでマイノリティーなドラムンベースという音楽ジャンルのDJでありながら、未だ生き抜いている奇跡は、大げさな話でなく、ご先祖様や神に守られ、まだこの仕事を続けなさいとお告げが降りている気がする。この20年で乗り越えてきた修羅場、金では買えない掛け替えのない経験は、自分にとって大きな財産であり、改めて自分には DJしか無いと信じているし、生涯現役でブレる事なく、この仕事の究極の行き先をこれからも模索すべく着実に歩んでいきたい。それが自分の人生であり生き様だから。

20年という長いようであっという間だった時空を超えた矢先、お前はひたすらその DJに対する熱い想いをより探求し続け、世界の舞台に立っても怯む事なく突き進め!と常に強く背中を押してきてくれた、盟友YUUKi MCが昨年ノルウエィーに移住し、親友関係は元より、10年以上続いたDJ と MCという表現者としての最大のパートナーと同じステージに立つ機会が当然の事ながら激減した。彼が担ってくれていた役割は自分にとって本当に大きく、彼のおかげで乗り越えられた局面は計りし得ない。そして、15年に渡ってWOMB の社長として、常に俺がやりたい事、招聘したいアーティストへの理解や気配り、もちろんそれらに伴う予算関係、全てをバックアップしてくれたサビが、新たな人生の出発の為、WOMBを退社した。初めて出会った時、彼が17歳、俺が22歳のお互いクソガキだったけど、夢だけは大きく、’90年代に縁があってお互いニューヨークに移住し生活していた血気盛んな若かりし頃も、2000年にWOMBに入社した頃も、熱い夢物語を語り合い、喧嘩も沢山したし、助けあったし、支えあってきた。彼が居なかったら 06Sも DJ AKiも存続出来なかったのは明らかで、そんなサビの退社は今後の自分の人生及び、DJ活動に大きな変革を求められていると強く受け止めた。もちろん新体制の WOMBからのサポートも大きく、06S継続の為に尽力してもらえているのも、本当に自分は幸せだと噛みしめているけど、今まで真横で自分のやりたい事を突き進め!と応援してくれた最強の2人が居なくなったのは、15年も当たり前だった事が、当たり前でなくなる時が人生では起こるんだと身にしみて感じたし、自分が DJとして新たなアプローチを模索しないといけない状況に置かれたのは事実だ。

そんな中、何か新しい動きをしたいと思案していた最中に、現在全国に9校のDJ SCHOOLを開校させ、名実ともに日本一のDJスクールへと成長させた lll FAITHS DJ SCHOOLの代表である神山クンから、日本で最も尊敬するDJの AKiさんに当校で、ドラムンベースに特化したクラスを開講する気がないか?とオファーをもらった。彼は06S 1Fパーティーの立ち上げの際のオリジナルメンバーであり、もう7,8年のお付き合いだけど、長い間、一味も二味も既存の日本人DJとは違う何かを俺のプレイから感じ取っていてくれていて、この機会にDJ AKiをアドバイザー及び講師として、当校と関わって欲しいと熱い想いを伝えられた。素直にそんなオファーをもらえた事を嬉しく思えたけど、果たして自分に講師としての力量がどれほどあるのか? かなりの時間考え抜いたけど、明確なのはこの20年間現場で培った経験がそこにはあって、新しく自分が出来る動きとして、DJスクールの受講希望者に、今までいくつもの修羅場を通ってきたからこそ身についた知恵やテクニックを惜しみなく、新たな世代の人々に伝えられる機会は自分にとって大きな挑戦であり、今後のシーンに少なからず影響を及ぼせるのでは無いかと答えが出た。正直初めての事で未知数だけど、シーンの裾野を広げるチャンスでもあり、今後自分が育てあげるであろう、これから出会う生徒達が、06SやJupiterのみならず、様々なフィールドで活躍してもらえたら、そんな未来があって素敵な話は無い。開講に向けて緻密なカリキュラムも製作中で、それぞれの生徒のレベルに適したレッスンを組める見通しも立った。自分自身も講師を飛び越えて、教授(プロフェッサー)になるべく、この場を借りて正式に発表させてもらいます。

DJ AKi Drum & Bass Training  camp (ドラムンベース・トレーニング・キャンプ) を2017年の4月から開講致します!!!
詳細はこちらから。

http://3faithsdjschool.com/hp/djaki.html

熱い想いを持って、受講希望の方々には真摯に向き合い、自分が教えられる事は全て包み隠さず伝授するので、ご連絡お待ちしてます!! 

2016-08-02

DJ AKi STREAM_06S特別ご招待枠応募方法変更のお知らせ

もう6年近く配信している、06S開催2日前の生番組”DJ AKi Stream”を、昨月から facebookでテスト配信をした。以前のブログにも書いたけど、結果90分の番組の再生数がアーカイブ視聴も混みで約8800、シェア60、コメント570、いいね数約400強、リーチ数が48,000と、想像以上の数字になって、facebookライブ配信の可能性と拡散力、DJを生配信する意味を改めて強く思い知った。今では、この映像と共に配信する DJ AKi STREAM、トークがメインのJupiter Radio、そして、block.fmの Basstech+と毎月3本のラジオ番組を生配信している。なぜラジオをやるのか? そもそも自分の DJ活動の根幹は、1人でも多くの人達にドラムンベースの魅力を伝えたい、また DJ AKiってどんな人でどんなキャラクターなのか?を知って欲しいというシンプルな想いや欲求があって、各ラジオのタイムラインで、常日頃からサポートしてくれるみんなと交流出来る大事な場所として、ラジオ及びストリーミングは、自分にとって大きな意味がある活動拠点だったりする。そして、当然1人でも多くの人に聞いて欲しい。

今週木曜日はいつものように、DJ AKi STREAMを生配信するけど、毎月行っていた06Sへの5組10名様の特別招待枠の応募方法を変更するのでお知らせします。今までは、twitterにキーワードとハッシュタグ#06Sを、tweetしてくれた人達の中から番組終了時に抽選会を行ってきたけど、今月からfacebookで生配信する動画をシェアしてくれた人達の中から抽選します。DJ AKi STREAMの特別招待枠で当選して、06Sに足を運んでくれて、ドラムンベースにはまって、それ以降も、06SやJupiterに遊びに来てくれるようになった人や、実際にドラムンベースDJを初めた人も実は沢山存在していて、毎月10名の招待ながら、わざわざ応募してくれて当選し遊びに来てくれる人達は自分にとって本当に大切な存在。応募方法が変更しても、これからも応募してくれて DJ AKi STREAM及び、06Sのパーティー情報の拡散をサポートしてくれたら、心から嬉しいです!!


そして、今回のDJ AKi STREAM応募者の中から当選者をご招待する06Sが、8月6日今週土曜日!! 既に16年目に突入して、自分にとっては掛け替えのないライフワークである06S。今回はVIRUS RECORDINGSをOPTICALと共に主宰するイギリス・ドラムンベース界の暗黒の帝王、ED RUSHが登場する。冷静に考えて06Sを開始してから最も自分に影響を与えてくれた DJは誰なんだろう?と考えると、およそ14年前、06S開始2年目にMC RYMETYMEと来日してくれたED RUSH のDJプレイに大きな衝撃を受けた記憶が今でも鮮明に残っている。ダークでハードコアでありながら、DJとしてのグルーブをしっかりフロアーに伝える術を知っている彼は、ダブルドロップの嵐というよりも、ロングミックスでしっかりと展開を作って、フロアーのテンションを絶妙にコントロールするそのプレイはドラムンベースを知り尽くした安定感と圧倒的な音で、自分が向かう方向性や音楽性はこうあるべきだと指標を示してくれた。昨年の 06Sでのプレイも圧巻で、2015年に06Sに出演してくれたベストDJだったと素直に思う。そんなED RUSHだけど、本当にチャーミングで優しい人で、可愛い天使のような2人の女の子の父親でありながら、ポーカーマスターで、勝利したマネーでレクサスを購入した逸話を持つ生粋のギャンブラーな勝負師。ほぼオリンピックと同じ周期で、4年に1度位の頻度で、神アルバムをリリースしているけど、昨年リリースしたアルバム”No Cure”は、90年代を彷彿される王道系のドラムンベースでありながら、サウンドクオリティーが最先端で非常に高く、4年くらい時間が必要なのも納得。丁度昨年9月にリリース前のアルバムを送ってくれて、その作品性の高さに感激して、UMF直前に既に出来上がっていたセットに彼らの新曲を重要なポイントに配置して組み直した。そして、更に ED RUSH & OPTICALを改めて崇拝した。現在ヨーロッパを牽引している NOISIAも最も影響を受けたアーティストに彼らを挙げているのも激しく同意するし、現在の AUDIO の活躍も VIRUS無くしては語れない。8月は正に夏真っ盛りで、クラブよりも海に行く!って気持ちは重々承知だけど、チェコの世界最大のドラムンベース・フェスティバル”Let It Roll”に出演したばかりの ED RUSHは、間違いなく見逃せない DJであると、ここで更に強く念押ししておこうと思います。


2016-07-23

音楽の都ウィーンレポート


7月7日七夕から、3泊5日の強行スケジュールで、約3年ぶり4度目となった音楽の都ウィーンへ訪れた。今回の旅の大きな目的は、オーストリアの首都ウィーンのドラムンベースシーンを牽引する、MAINFRAME RECORDINGS 主宰、DISAZTことダニエルのパーティーが14周年を迎え、そのアニバーサリーパーティーへ招聘してくれて DJをするミッション。しかも、3日で3ギグという中々過酷なスケジュール。過去3度訪れたウィーンのうち2回は、BEATPATROLという大型フェスティバルのドラムンベース・ステージに出演させてもらい、その規模とヨーロッパのダンスミュージックフェスティバルの現状を体感する貴重な時間を過ごし、オーストリアで高い志を持って、シーンに貢献する彼の熱意に共感し、そこからウィーンとのご縁が続いている。

東京成田から11時間のフライトをへてウィーンに到着したのは、夕方の16時。不幸な事に、ダニエルは前週に不慮のアクシデントで、左肘の腱を断裂して車の運転が出来ず、代わりにドライバーのベネが迎えに来てくれた。いきなり懐かしい顔のお迎えは嬉しい。ウィーンは空港から市街地が比較的近く、程なくホテルに到着すると、早速ダニエルから連絡があって、今夜はEUROの準決勝フランスvsドイツがあって、観戦したいからパーティー前に一緒に見ようと誘われ彼の家に到着すると、早速ゲーム開始。用意してくれたディナー中に、フランスのPKが決まると、街中から大きな歓声が沸いた。ヨーロッパの人々にとってEUROはお祭りで、みんなが観戦していて、彼もドイツに50ユーロ賭けてるんだと言っていた。試合が終了して、1日目のパーティーが開催されるベニュー”FLEX”へと向かった。いかにもヨーロッパな佇みで、沢山の人が賑わう川のほとりに位置するFLEXは、ウィーンの老舗クラブで、到着すると木曜日とは思えないほどフロアーはパンパン。バックステージに行くと、VIPER RECORDINGSに所属するKOVEN 2人がこの日のメインアクトで、初めて彼らと出会った。KOVEN前の良い時間にDJを始めると、満員のフロアーの反応が信じられないほど良くて、上げれば上げるほど、フロアーのテンションが高くなって、ウィーンってこんな感じだったかな?と思いながらも、NOISIAの楽曲で、ここまで過剰に反応するのか!?と正直驚いた。1時間終始がっつり掴めた手応えがあって、3年で随分シーンの様子が変わったなと思いつつ、ダニエルがかなりDJが良かったから、土曜日のアニバーサリーは、メイン前の重要な時間帯にDJしてくれと、いきなりタイムテーブル昇格。そして、やる気が更に高まった。
翌日2日目は、以前訪れたことがある、湖のほとりにあるダニエルのご両親の家でお昼からバーベキュー。今年の夏の初めてのBBQがウィーンになるとは想像も出来なかったけど、ビールから始まって、白ワイン、シュナップスというオーストリアのハードリキュールのショットの連続投下で昼間からベロベロで時差ぼけも伴って撃沈。オーストリアの母の味はとても美味しく、最高のランチで満腹になり、湖でお昼寝してから、ウィーンから車で約2時間のヤッブという町に移動。到着すると、そこは、Disco Excaliburというどう見てもいわゆるディスコ。こんな感じのベニューで、ドラムンベース大丈夫なのか?と思いつつも、ここもフロアーのテンションの熱さが、どっから見ても非常に良くて、むしろ上げなMIXと曲を求めているフロアーが意外。日本のディスコでここまでハードなドラムンベースをプレイしたらみんな帰っちゃうでしょ?の真逆。その感覚が嬉しくもなんでここまでドラムンベースに対するオーストリア人の反応が良いのか?謎なまま、再び2時間車に揺られてウィーンに戻って、翌日の本ミッションに備えた。

ウィーンに到着して間もなくその夜にDJをして、翌日は往復4時間の車移動をしてDJの流れで、あっという間に3日目に突入すると、それは当然疲労が。。。この日の出演者で集まるディナーまで、じっくりと睡眠を取って、この2日間で感じたオーストリアの人々の反応を思い出しながら、選曲とMIXを考え直し最終的な調整をして、データをUSBに移行して気合十分でディナーに向かうと、ニュージーランドの古株プロデューサーTREIと、ロシア人ながら、RAM RECORDSからのリリースで、一気にその名をシーンに轟かせたTEDDY KILLERZ。そして、CAMO & KROOKEDに続き、オーストリアのシーンで頭角を現し、この日のパーティーのメインアクト”MEFJUS”等と食事をして、世界各国のドラムンベースシーンの現状を沢山聞くことが出来て、現状を把握出来た。皿よりも大きい老舗オーストリア料理屋の郷土料理、シュニッツェル & クランベリーソースも美味しくて、みんな残しているけど、完食して、この大きさのシュニッツェルを全部食べたやつ初めて見たよと驚かれながらも、食べないと良いプレイは出来ない!と考える自分としては、十二分に満足な食事が取れて更にテンションが上がって、この日の会場、ウィーンアリーナへ到着。まだ24時前にも関わらず、そこは人、人、人。何と3,000人のクラウドが待ち構えていた。正直ダニエルのパーティーMAINFRAMEに3年前に出演した時の規模感は、ほぼ06Sと同じサイズだったのに、この数年で3倍以上に膨れ上がっていた。この事実は正直衝撃的で、分かりやすく例えて言うならば、06SをageHaのアリーナで開催してフロアーも通路もパンパンになっている状況。聞くこところによると、この現象はヨーロッパ中に起こっていて、各クラブパーティーや、ドラムンベースに特化したフェスティバルが各国で開催され、何万人も人が集まる盛り上がりで、数年前には考えられなかったけど、確実にヨーロッパでのドラムンベースムーブメントは、他ジャンルを凌ぐ勢いをみせているらしい。フロアーには3,000人の熱いフリークたちが待っていると考えただけで、武者震いがしたよ。TreiからDJをパスされて、出だしからスタートダッシュを完璧に決めると、フロアーは大爆発。過去2日間の各クラブでの反応から、とにかく攻めて攻めて攻めまくるほど、お客さんが喜ぶ姿が印象的だったから、休みを出来るだけ与えない再構築した1時間セットでそのまま駆け抜けた結果、各所からかなり高い評価をもらえて、今回のウィーンは来るべきしてきたんだ!!とジワリと心にしみる程感動的な時間が過ごせた。本当に自分が愛する音楽を、真剣に完全アウェーのヨーロッパでプレイし、その音や自分のDJに完全にスマッシュされて、信じられないほどの人たちが狂喜乱舞する光景をDJブースから眺める快感。今回のその快感は今までにない、完全に新たなステージへと自分が足を踏み入れてしまったんだと、その現実を身をもって知った。なぜここまでこの短期間でシーンが拡大したのか?それは自分のパーティーやシーンを拡大させる為に大きな要素で最も知りたいポイントだから聞いてみると、やはりヨーロッパ出身の優秀なプロデューサーが何人も現れたこと。もちろんこの日のメインアクトは、MEFJUSだったが、彼はある意味ローカルスターで、外タレでは無い。そこがやっぱり大事なポイントだし、オランダの王者、NOISIAが驚異的にシーンに与えている影響力がかなり強いそうだ。そして、REDBULL発祥の地はオーストリア。MUSIC ACADEMY等に代表される音楽を強力にサポートする企業が目の前にいるのも大きいらしく、ダニエルのレーベルの曲はRED BULLのAPP内で全カタログ聞けると言っていた。聞いて思ったけど、正にそれらの要素は日本にかけているところで、数多くのローカルスター出現は、切っても切れない話で、日本でも強化すべく、また自分のレーベルを再開しようと思ったし、今回のウィーンの旅で学んだことは非常に大きかった。最高の舞台を与えてもらって、DJプレイ自身も覚醒したから、DJとして自分はヨーロッパでやっていける!と確信と自信が持てたのは、とても意味があり、もっともっと海外に攻め込んで結果を出していきたい欲求が高まっている。今後は、自分がやるべきことを更に極めて、海外を攻めていこうと決意したので、遠征組は海外渡航用の資金を貯金し始めてくださいね。



2016-07-06

グアムレポート _ Electric Island Festival 2016

人は過去の経験によって、未来の自分の身に起こりえる事柄をイメージし、その想像に伴った状況に最善の形で対応出来るように、自分がすべき案件を実行する生き物である。自分の仕事はDJで、演者として過去20年のキャリアで、全くぶれる事なく、そんな想いと共に、フロアーに足を運んでくれる人々に対して自分のベストを尽くすべく、目の前で待っている1つ1つのギグと真剣に向き合い挑んで来た。しかし、時に自分の想像を遥かに超える想定外の現実が待ち構えている事もあって、大きく感情を揺るがされ、良い時も悪い時も想定外な状況が心にダイレクトに刺さる、そんなエモーショナルな感覚が好きな上に、自分が知り得ない場に足を踏み込む行為自体が病みつきになっているから、この仕事を継続しているのかも知れない。このブログを書いている10日前に、1年ぶり2度目のグアムに訪れ、Electric Island Festival 2016(以下EIF)に出演したが、グアムで感じ取った今回のこの感情の揺れは、正に想像の範疇を遥かに超える壮絶な経験になった。

ご存知の通り、グアムは日本から最も近いアメリカで、成田からわずか3時間のフライトで到着してしまう近距離な、とても利便性の高い南国の島。沖縄に飛ぶような時空間なのにも関わらず、入国の際にESTAを取得したり、当然パスポートも持参しないといけない海外。昨年初めて訪れて、ニューヨークに長年住み続けてしまった自分としては、こんなアメリカが存在するんだなと、3日ながら滞在して知った。そんな短時間ながら経験したグアムでの時間によって、今年訪れるグアムでは自分が何をすべきか出国数日前から昨年の時間を思い起こしながら考えていた。EIFは過去にグアムで4回ほど開催されたフェスティバルで、WOMBがコラボレーションする事が決定し、そのフェスティバルの前夜祭、アフターパーティーに出演させてもらって、自分が出演した舞台は、EDMがメインのフェスティバルでは無くて、小さなクラブやビーチパーティーだったけど、今年は有難い事に、EIF自体が2日間に拡大して、1日目のメインステージが、BASS MUSICを軸に開催され、そのステージのトリとして出演オファーが届いた。正直な所、果たしてグアムのダンスミュージック・フェスティバルで、ドラムンベースが受け入れられるのか? 全く想像が付かず、1日目の最後の時間帯は、メインステージであっても、フロアーに誰も人が居ない可能性大なリスクを伴うオファーであったけど、昨今のアメリカやヨーロッパで起こっている、BASS MUSICのムーブメントを信じて、媚びずに自分がやりたいパフォーマンスを悔いが残らないように、全力でやり切ろうと心に決めていた。しかし、出国前日は、朝方までDJ AKi STREAMのfacebook配信の検証をしたり、もちろんグアムでのセット組みに時間を費やして、一睡もせずに飛行機に搭乗し、わずか3時間のフライトで十分な睡眠も取れず、夕方にグアムに到着してからも、前乗りしていたスタッフ達と合流し、深夜1時半からの出演まで、わずかな仮眠と、食文化が乏しいグアムの食事を胃に押し込んで、会場へと向かった。
ベストコンディションとは言い難い状況で会場入りしたけど、今年のEIFは、会場がレースサーキットへと場所が変わって、昨年よりも高台に位置する環境には、心地良い風が流れていたけど、夕方からパラパラと雨が降り、サブステージや、VIPエリアに人が溜まっていたのもあって、早めに会場入りした際は、メインステージのフロアーにはそんなに人が居なかった。でも、次第に雨も収まり、時間が経つにつれて徐々に客足も増えてきた。久しぶりの海外での屋外フェスティバルの雰囲気も楽しみつつ、昨年お世話になったEIFクルー達との再会を楽しんでいると、あっと言う間に自分の出演時間になって、ステージに立った。いつもの06Sでのプレイのように、勢いに任せスタートダッシュを試みると、こんなに人が居たかな?と思うほど、フロアーに人が集まってくれて、次々にドロップする曲とMIXに対する反応が信じられないほど良くて、自分のコンディションなんて、全く忘れてしまうほど、テンションが高まり、フロアーは、昨年出演した大型フェスティバルUMF JAPANやRe:Animation 8のDJで感じ取った感覚を鮮明に思い出すような、DJブースからは数え切れない人が狂喜乱舞するフェスティバルならではのバイブ。フロアーから跳ね返ってくる波動の勢いが凄まじく、グアムでこんなにドラムンベースが刺さるのかよ~!と思いながら自分のDJタイムをかなり満喫させてもらった。そして、一瞬に感じるほど90分のセットを終了すると、1日目のフェスは終了し、程なく別テントで、お疲れのビールを飲んでいると、怒涛のスコールが。もうこのタイミングで雨かよ!と思うほどの豪雨に見舞われたが、いつもの通りDJ AKiは、一滴も濡れる事なく、帰路のバスに乗れるという奇跡が再び。グアムでも晴れ男伝説再びだったので、本当に悪い事は言わないですが、屋外フェス企画中の方は、是非てるてる坊主の代わりにDJ AKiのブッキングをお勧めしますw


グアムは、アメリカだし、このグアムのフェスの運営がLAのチームだったりもするので、DJの反響が凄まじく良く、LAやハワイのプロモーターからも、声をかけてもらえて、アメリカ本土に上陸する日も、そう遠くなさそうだ。結局はどれだけ本領を発揮し、結果を残し、どう評価してもらえるのか。DJは1発1発のギグを真摯に向き合って、常にど真ん中に直球を投げ込むのが、最も大事だと改めて痛感した。そして、心から嬉しかったのは、DJ AKiを常に全力で応援してくれて、地方遠征にも応援に来てくれる、ケイコ会長と、サオリン副会長がグアムまで駆けつけてくれた事。もう彼女たちのパッションに感動だし、異国の地で見たDJ AKiを更にサポートしますよ!と言ってくれたのは、彼女たちあってのDJ AKiだと更に感じました。彼女たちを筆頭に、もっともっとそんなサポーターが増えてくれたら幸いだし、これからは、自分のエゴでは無く、みんなで作り上げるプロジェクトをより強化し、もっともっと海外に進出したいと、心に強く決意したグアムでした。